根付とは?

根付とは?

日本の衣服は幕末まで現代で言うところの和装=着物でした。着物にはポケットがないため、人々は小銭などを入れる巾着、刻み煙草を入れる煙草入、薬を入れる印籠などの提物さげものを腰に吊るして外出しました。こうした提物を携帯する時には、提物を吊るす紐の先端に付けられた根付と呼ばれる物を用い帯の上にしっかりと固定させて提物が落ちないようすると同時に簡単に脱着出来る様にしました。

根付は留具としての役割を果たす実用品でしたが、次第に細密工芸品として優れたものが作られて行きました。

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提物を腰に提げて携帯する習慣は日本独自のものではありません。中国でも古い絵画で腰に提物を吊るした人物の描かれたものがありますが、根付らしきものはなく、紐で提物を帯に結わえています。モンゴルでは現在も煙草入を腰に提げる習慣があり、根付を使用して帯から通していますが、根付は灰皿として使われるため、小さなお椀の形をしたごく簡単な実用一点張りの金物です(1)。ハンガリーでは、20世紀初頭頃まで羊飼いが腰に煙草入を提げ、金物や骨でできた環状の根付が使用されていました。ベルトに通した輪形の根付に革の紐で煙草入を結わえて携帯したようです(2)。このように、他国にも根付らしきものはありますが、いずれも装飾のない実用品で、日本の根付のように美術工芸品と呼べるものは発見されていません。

日本における根付の起源は定かではありませんが、根付は独立して使用されるものではなく、提物とともに使われたものですから、提物の歴史との関わりで見る必要があります。古くは8世紀初めの『古事記』に、日本武尊やまとたけるのみことが東征の際、倭やまと姫ひめの命みことから貰った燧ひうち袋ぶくろと剣を携帯したと書かれていますが、おそらく燧袋は剣の柄つかに提げたものと想像されます。宮内庁蔵の「聖徳太子像」では、太子の左右に付き従う童子が袋物を提げています(3)。

残念ながら袋と帯の接点が袖で隠されているため、根付が用いられていたかどうか確認できませんが、帯に紐で結わえていたのではないかと思われます。金剛峯寺にある鎌倉時代の「狩場明神像」には、腰の帯に差した小刀に袋物を提げた人物の絵が描かれています(4)。

小刀が根付の役割を果たしていたことになります。その後、徳川家康が鷹狩の時に使用した黒い印籠に瓢箪の根付が付いていた旨の記述が柏崎具元著『事跡合考』に見られる外、徳川黎明会蔵「歌舞伎図巻」や「遊楽図屏風」などの江戸初期に描かれた風俗画に簡単な根付が提物とともに描かれていますので、遅くとも戦国時代後期から江戸時代初期には根付が使用されていたと考えられます。この時代には、瓢箪の外、竹の節、貝殻、象牙を輪切りにしたものなど天然のものを利用して根付として用いていました。このような古い時代の実用的な根付は使用により傷み、壊れ、捨てられたり焼けたりして、現在はほとんど残っていません。また、鈕ちゅうとよばれる獅子や人物などをかたどったつまみのついた糸印いといん(明から輸入された生糸の荷物に付けられた小さな青銅印)や、同じく動物や人物のつまみがついた中国の象牙製の印章が根付として転用されるようになり、その後これらを真似た根付が日本で作られるようになったと思われます(5)。

出典:

(1)国際根付ソサエティ・ヨーロッパ支部会報誌『ユーロネツケ』第3号(1996年夏)18-22頁、イアン・ロー「根(ルーツ)」

(2)国際根付ソサエティジャーナル1988年冬号26-29頁、デニス・セズラー「ハンガリーの根付を探し求めて

(3)日本の美術 No.1野間清六編『装身具』(1966年5月)31頁 聖徳太子像(宮内庁蔵)

(4)荒川浩和著『郷コレクション根付』186頁

(5)富岡美術館開館十五年記念展『謎の糸印』図録5-23頁、新関欣哉「糸印の謎をさぐる」

根付の装着例

根付の起源

根付が何時頃どのようにして用いられ始めたのかは定かではありません。

江戸時代初期の風俗画には根付によって提物を腰から提げた人物が描かれており、安土桃山時代から江戸時代初期には使用されていたと考えられています。

当初は単なる木片や瓢箪などを用いたのであったでしょうが、次第に使い勝手や見栄えに配慮したものが好まれるようになり、実用を兼ねた装身具となっていきました。

確認されている最古の根付は松平忠雄(肥前島原藩第二代藩主・島原藩深溝松平家 3 代)の墓より出土した副葬品です。2008 年 8 月の集中豪雨で倒壊しかけた墓の修復と供に行われた 2009 年の学術調査にて確認されました。松平忠雄は享保 21 年(1736 年)2 月 7 日に死去しているのでそれ以前の物であることは明らかです。

無地の饅頭根付けなどと供に僅かな彫刻が施された物や漆が施された物が見られますが、所謂形彫根付といわれる立体彫刻は見られませんでした。